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「私の知らない、私の事情」第16回

 
 今日という日を迎えるまでの道のりをずっと、私を隣に従えながら…。

 私は結婚式が行われる教会に行くかどうか、ギリギリまで迷っていた。いや、直前まで行くつもりはなかった。
 秀一とナオが並んで愛を誓い合うところなんて、冷静に見ている自信はなかったから。私の心は、もうとっくに限界を超えていたから。
 だから、今日は会社へ向かった。急ぎの仕事なんてなかったけれど、忙しくて…なんて言い訳でごまかしたくて。

 

「なんだ、進んで休日出勤とは珍しいな。晴れ晴れとした大安吉日に大雨でも降らせる気か、お前は」

 そうとは知らず、微妙に気持ちを逆なでする発言をする似非ジロー・ラモな社長を無視してパソコンを立ち上げる。
 メールをチェックしながら、さて、何の仕事で時間を潰そうかと考えていると、新野さんがチラリと私に視線をよこし、口の端をちょっとだけ上げる。

「ふぅーん、本日は勝負服ですか」

 そのつぶやきにハッとする。
 クライアントのところへ行くわけでもなく、大事なプレゼンがあるわけでもない、しかも休日の今日。私が常々、勝負服だといって憚らないスーツを着ている。そりゃあ、意味深だよね。私が新野さんの立場なら、盛大にそこにツッコむところだ。
 基本、他人に興味がない新野さんですら、口にせずにはいられない事実。そう思い当たって、ふと手が止まる。

 私…教会へ行くつもりだったの? あの二人を祝福するつもりだったの?

 自分の考えに思わず自分で首を振る。
 今の私には無理だ。幸せそうな二人を見るたびに傷を刻みつけてきたこの心は、最後のトドメを刺す場所なんてないほどボロボロなのだ。耐えられるはずがない。
 だから、今日は行かない。行けない。行きたくない。なのにどうして、私はこのスーツを着ているのだろう。

 途方に暮れたようにパソコンのモニターを見つめる私に、新野さんがチラリと視線をよこす。けれど、何も言わない。
 いつもの新野さんなら、周囲の状況になど無関心を貫き、自分の作業に没頭するはずだ。それが、今日はどうにも勝手が違うらしい。なぜか私の様子を伺うようにしている。

 いきなりガタン、と席を立つ音がして我に返る。

「ちょっと出てくるぞ。今日は戻るかどうかわからんから、お前らも適当に帰れよ」

 そう言い残して、社長が出て行く。その時、新野さんと視線が合った。皮肉るような色をたたえた視線を私に向けている。

「あんたも、行くとこあるんじゃないの?」

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「私の知らない、私の事情」第16回