トップ  > Night★Cap Story  > すべて昔のこと

すべて昔のこと

昼間のスコールのような雨が
街の澱みを洗い流してくれたのだろう。
いつもより星が多く瞬いている今夜の空。
それを、見上げることのない私は、
めずらしい都会の星空に気づかない。

もっとも、気づいたところで意味はない。
いつの頃からか、この心は、
トクリとも動かなくなっているのだから。

そして今夜も、私はそっと目を閉じる。

一瞬の笑顔で、呆れるほどときめいたこと。
たったひとことで、全身が甘く痺れたこと。
その人を想うだけで、胸がきゅんと鳴いたこと。

たしかに私は、恋をしていた。
けれど、みんな、みんな、はるか昔の出来事。
たしかにこの胸に、刻まれた記憶たち。
けれど、今はもう、夢よりも遠い出来事。

私は、明けない夜を悲しむことも、
暗闇を歩き続ける寂しさを嘆くこともしない。
すべてに絶望することすらできないままに、
時折、昔を思い出している。
静かに凪いだまま、
揺れることのない心を抱いたままで。
 


朗読/山口龍海