トップ  > Night★Cap Story  > ドア

ドア

足元がふわふわと、何だか頼りない。
こんなに酔っ払ったのはいつ以来だろう。
正体をなくすなんて大人の飲み方じゃない、とか
いつからそんな、分別臭いことを言うようになったのか。
ほろ酔いの頭で改めて考えてみる。

あぁ、きっとそれはあの日からだ。
寄りかかれるあたたかい存在を失った、あの日。

分別がいいのは、大人だからじゃなく、ひとりだから。
そんなことに気づいてしまった自分に苦笑いする。
ひとりで生きるって、もっと自由なもんだと思っていた。
けれど、案外ムチャができないもの、か。
今だって、酔っ払っている自覚があるなら、
おそらくそんなに酔ってないのだろう。
そのことが、なんだかすごく悔しい気がしてきた。

駅に向かう道を左に逸れ、
賑やかな繁華街へと目的地を変更する。
チェーンの居酒屋じゃムードにかける。
かと言って、このあたりに馴染みの店はない。
さて、どうしたものかとゆるゆる歩いていると、
「入っておいで」
と手招きしている、ようなドアがあった。

ごく自然にそのドアを開け、
吸い込まれるように階段を降りていく。
まるでそこがいつものお決まりの席のように、
カウンターの隅へと腰をおろすと、
不思議と気持ちが落ち着いて、ホッとしている自分がいた。

その夜は、いったいどれほど飲んだのだろう。
とても心地よく、楽しい気分だったことは覚えている。
なのに、それ以外はキレイさっぱり記憶から消えている。
あの店の場所すら、いや、そんな店が本当にあったのかも
今となってはよくわからない。

けれど、その店を探してみようとは思わない。
また、どうしようもなく飲みたくなった時に
ひょっこりと、目の前にあのドアが現れるはずだから。
分別ない大人にしてくれる、あの空間へと続くドアが。

朗読/蒔苗勇亮