トップ  > 聴くドラ  > 「私の知らない、私の事情」第1回

「私の知らない、私の事情」第1回


 一瞬の暗転。ハッとして瞬きをしてみると、ゆっくりとだが視界が開けてきた。思わずホッとする。
 しかし、なんだか様子がおかしい。いつもとは何かが違う。目の前の光景に現実味を感じられない。そう、まるで夢を見ているように。

「これって、夢なの?」

 そう思いながら、改めて自分の周囲を見回してみて、ようやく何がおかしいのか気づいた。

「な、なに、これ!」

 私の身体は宙にぷかりと浮いていた。高さでいえば、ちょうど信号機が赤・黄色・青って並んでいるあたり。反射的に、私は手を羽根のようにバタバタさせていた。
 だって、飛べるわけないし、落ちちゃうし。

「そんなことしなくても、落ちないから大丈夫よ」

 不意に背後から声が聞こえてきてドキリとする。
 振り向くと、小さな女の子が私と同じように、ぷかりと宙に浮いている。まるでそれが当たり前だとでも言うように。いやいや、当たり前なわけないし。

 改めて自分の置かれたフツーじゃない状況を考えてみようとした。けれど、わかるわけがない。
 生身の人間が宙に浮いてる状況を説明できる人など、雑誌『ムー』の編集者にだって無理だ。いや、やるかな、あの人たちなら…ってそんなことはどうでもいいか。

 少女は、私の頭の中のノリツッコミなど知らず、いきなりこう宣言した。

「私はあなたの指導係。と言うと少し堅苦しいかしら。困った時のお助け役って思ってもらえればいいわ」

 状況がまったく掴めず、思わずきょとんとしてしまう。察したように少女はこう続けた。

「まだ自分が置かれている状況が理解できないようね。あのね、あそこに倒れてる血まみれの人、見える?」

 少女が指さす方向を見下ろしてみる。尋常じゃない血だまりの中で女性がひとり、倒れていた。
 周りを取り囲んでいる野次馬の多さもハンパじゃないけど、一段高い空中から見下ろしている私には、その女性が着ている服までしっかり見える。
 春らしいベビーベージュのパンツスーツ。至る所が血で真っ赤に染まっているのが痛々しい。思わず顔がゆがんだ。

 あれ? あのスーツ、見たことある。っていうか、あれ、私のお気に入りとそっくりだ。
 ここぞ!という時にしか着ない勝負服。もっとも、大事な仕事で着たことはあっても、まだプライベートで出動させたことがないってのが我ながら情けないけど。

 で、あれは誰ですか?

 私の頭に浮かんだ疑問符を見透かしたかのように、少女はきっぱりと言いきった。

「あそこに倒れているの、あなたよ」


YouTubeにて朗読ドラマ同時配信中
https://youtu.be/xqMSuWvezrE