一瞬の暗転。ハッとして瞬きをしてみると、ゆっくりとだが視界が開けてきた。思わずホッとする。
しかし、なんだか様子がおかしい。いつもとは何かが違う。目の前の光景に現実味を感じられない。そう、まるで夢を見ているように。
「これって、夢なの?」
そう思いながら、改めて自分の周囲を見回してみて、ようやく何がおかしいのか気づいた。
「な、なに、これ!」
私の身体は宙にぷかりと浮いていた。高さでいえば、ちょうど信号機が赤・黄色・青って並んでいるあたり。反射的に、私は手を羽根のようにバタバタさせていた。
だって、飛べるわけないし、落ちちゃうし。
「そんなことしなくても、落ちないから大丈夫よ」
不意に背後から声が聞こえてきてドキリとする。
振り向くと、小さな女の子が私と同じように、ぷかりと宙に浮いている。まるでそれが当たり前だとでも言うように。いやいや、当たり前なわけないし。
改めて自分の置かれたフツーじゃない状況を考えてみようとした。けれど、わかるわけがない。
生身の人間が宙に浮いてる状況を説明できる人など、雑誌『ムー』の編集者にだって無理だ。いや、やるかな、あの人たちなら…ってそんなことはどうでもいいか。
少女は、私の頭の中のノリツッコミなど知らず、いきなりこう宣言した。
「私はあなたの指導係。と言うと少し堅苦しいかしら。困った時のお助け役って思ってもらえればいいわ」
状況がまったく掴めず、思わずきょとんとしてしまう。察したように少女はこう続けた。
「まだ自分が置かれている状況が理解できないようね。あのね、あそこに倒れてる血まみれの人、見える?」
少女が指さす方向を見下ろしてみる。尋常じゃない血だまりの中で女性がひとり、倒れていた。
周りを取り囲んでいる野次馬の多さもハンパじゃないけど、一段高い空中から見下ろしている私には、その女性が着ている服までしっかり見える。
春らしいベビーベージュのパンツスーツ。至る所が血で真っ赤に染まっているのが痛々しい。思わず顔がゆがんだ。
あれ? あのスーツ、見たことある。っていうか、あれ、私のお気に入りとそっくりだ。
ここぞ!という時にしか着ない勝負服。もっとも、大事な仕事で着たことはあっても、まだプライベートで出動させたことがないってのが我ながら情けないけど。
で、あれは誰ですか?
私の頭に浮かんだ疑問符を見透かしたかのように、少女はきっぱりと言いきった。
「あそこに倒れているの、あなたよ」
YouTubeにて朗読ドラマ同時配信中
https://youtu.be/xqMSuWvezrE
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