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夕暮れの公園で

太陽が西の空にゆっくりと沈んでいき、
昼でも夜でもない時が訪れる。
そんな夕暮れ時の、ちょっとまったりした空気がとても好きだ。
 
家路を急ぐ子どもたちの声とか、
刻々と色を変えていく空の色とか。
取り立てて特別、というわけでもない何気ない日常を
ただぼんやりと眺める時間が、私はとても好きなのだ。
 
だから、今日もこうして夕暮れの公園にやってきたのだが、
静かなひとときに身を委ねようと思った私の思惑は
あっさり裏切られた。ひと組のカップルによって。
 
のんびりとした空気に到底そぐわない、迷惑なカップル。
大声で怒鳴り合うふたりはかなり目立っている。
まして、愚にもつかない痴話喧嘩。
下世話な言葉が飛び合う様子は、目立たないほうがおかしい。
 
ところが、公園を行き交う人は誰も彼らに見向きもしない。
その騒がしさに足を止めて振り返る人、
迷惑そうに眉をひそめる人、怪訝な視線を送る人がいるはず。
けれど、みな素知らぬ顔で通り過ぎていくばかり。
まるで、彼らなど存在していないかのように…。
 
そこまで考えて、ようやくこの不可解の状況を理解した。
彼らは、すでにこの世のものではないのだ。
 
見えないモノが見えてしまう私だが、
「ソレが見えている」と瞬時に理解するのは難しい。
なぜなら、ソレは普通の人が想像するほど、
禍々しい姿をしているわけではないからだ。
 
たとえば、渋谷のスクランブル交差点を渡っている時、
すれ違う人のすべてが生身の人間とは限らない。
この世に存在しないはずのモノが混じっているのが常だ。
見かけは生身の人間とさほど変わらない。
あの騒々しいカップルと同じように。
 
生身の人間よりよっぽどパワフルに罵り合うふたりは、
周囲の誰にも聞こえないのをいいことに、
どんどんエスカレートしていくばかり。
どうやらここに、うんざりしている輩がいることなど、
気付きもしない。
 
そんなカップルを横目に、私はひとつため息をつき、
お気に入りの時間を諦めて公園を後にした。
 
しばらくは、夕暮れの公園に足を向けることはない。
少なくとも、あのカップルが、あの場にとどまっている間は。
当分の間、お気に入りの場所を奪われることに、
じわじわと怒りがこみ上げる。
 
けれど、呪ったところでどうにもならない。
特別でも何でもない日常を、
誰にも邪魔されずに楽しめる日がくるまで、
気長に待つことにしよう。
 
私はただひとり静かに、
夕暮れの公園をゆらゆらと漂っていたいだけなのだから。

朗読/空閑暉