トップ  > Night★Cap Story  > 予定調和

予定調和

ひゅるりと吹いた風の冷たさに思わず、
「寒いな」
とつぶやいた僕に、彼女はニッコリと微笑み、
「こんな夜は、温め合うのが一番よね?」
なんて言いながら、するりと腕を絡ませる。
 
いつもの冗談だとわかっているのに、
その言葉に、その仕草に、
この胸はドキン、ドキンと大きく鳴る。
そんな自分が情けなくて、いじらしい。
 
もし今、僕が立ち止まって、
「そうだな」
と言って抱きしめたらな、何かが変わるだろうか。
ふたりの間の暗黙の了解は、崩れるだろうか。
 
いや、そんなことはありえない。
「あれ? 本気にしちゃった?」
とイタズラっぽく微笑まれ、
あっさりかわされるのがオチだ。
試してみるまでもない。
毎度、決まりきった流れなのだ。
 
冗談はいつまでたっても、何度繰り返しても
本気にはなりえない。
だからここは、いつものように切り返すのが正解だろう。
 
…と、ここまでの心の中のスッタモンダを
わずか3秒の間で済ませた僕は、
腕に絡んだ彼女の腕をそっとほどき、
「その手に乗るか、バーカ!」
と笑ってみせる。
 
こうして今夜も無事、
ふたりの予定調和は保たれた。
傷つかない距離を測りながら、
僕たちはまだ、恋に踏み切れないままでいる。

朗読/蒔苗勇亮