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マーマレード

オレンジの皮を慣れた手つきでむき、
袋に包まれた身を取り出していく。
ひとつ、またひとつ。
 
最近、忙しすぎる彼女のために
ちょっとしたサプライズを用意しようと、
午後の早い時間からキッチンで作業を始める。
 
今日は金曜日。けれど仕事はしない。
フリーランスとはこういう時に便利なものだ。
さあ、彼女が帰ってくるまでに
サプライズを完成させておかないと。
 
 
ふぅ~っと大きく吐き出したくなるため息をこらえ、
私は退屈きまわりない会議の中にいた。
あの顔にも、この顔にも、
「早く終われ」としっかり書いてある。
行ったり来たりの議論は
迷宮に入り込んで完全に出口を見失っている。
 
今日は金曜日。定時であがるつもりだった。
けれど、予定とは覆るもの、みたい。
 
「ごめん。これから帰る」
 
 
彼女から電話があったのは、夜の10時を回った頃。
リビングには僕が、冷蔵庫にはサプライズが
彼女の帰りを待っていた。
せめて、12時前に、
日付が変わる前に、と願いながら。
 
「おかえり。お疲れさま」
 
 
日付が変わる前に家へ滑り込んだ私を
笑顔で出迎えてくれた彼は私の手を引き、
急かすようにリビングへと連れて行く。
着替えもしないままテーブルにつくと、
コトン、と私の目の前に差し出されたものがあった。
 
キレイなオレンジ色をしたゼリー。
 
「これ、もしかして、あの時の?」
 
 
ちょうど一年前の今日、
彼女にプロポーズをした。
あの時にレストランで食べたデザートを再現する。
それが、僕の用意したサプライズだった。
 
彼の気持ちが私の心に染みこんでくる。
ほろ苦いはずのマーマレードが
今夜は何だか、とても甘く感じた。

朗読/空閑暉&姫野つばさ