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刹那の笑顔

男は、ナイフにベットリとついた血を
ぺろりと舐めて笑った。
 
この一瞬にしか見せない極上の笑顔。
しかし、それを待ち望んでいたはずの女は
男の目の前にぐにゃりと倒れ、
その瞳はすでに、何も映さないガラス玉になっていた。
 
吸い込まれそうな瞳に魅入られる女は後を絶たない。
しかし、男は女を愛さない。
どんなに美しい顔を持った女も、
どんなに素晴らしい肉体を持った女も、
男が愛することはない。
 
それでも、愛されたいと願う女たちは
男の前にすべてを差し出す。
その時男は、わずかなほほ笑みを浮かべ、
ゆっくりと女の体にナイフを突き立っていく。
 
真っ赤な血の海の中で女が息絶えていくその刹那、
男の心には女への愛が芽生え、滾り、あっけなく消えていく。
 
飢えて乾いた男は、その瞬間だけ女を愛し、満たされる。
しかし、次の瞬間にはもう、
カラカラに乾ききった、飢えた心が残っているだけだ。
 
「愛してるよ」
 
男の声が聞こえたのは、きっと空耳だろう。
私はもう、
ガラス玉の瞳で、真っ赤な血の海を漂っているのだから。

朗読/岩切裕晃

朗読/蒔苗勇亮