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待ち合わせ

僕は今日も待っている。
とある街の、とある広場にある、
大きなからくり時計の下で。
今日こそはきっと来てくれると思いながら。
 
そんな自分を、もうひとりの自分があざ笑う。
来るはずなどない、と。
だって、待ち人は僕の頭の中にしかいない架空の恋人。
どんなに待っても現れるはずはないのだ。
 
それでも僕は、この場所で、待っている。
きっと来ると思いながら。
来るはずなどないと思いながら。
今日も、空想と現実の間(はざま)で、
ゆらゆらと漂い続けているだけ。
 
そうして、どのくらい時間がたったのか…。
ふっと顔をあげると、その人は目の前に立っていた。
僕と目が合うと、うれしそうに微笑む。
 
「待たせちゃった、かな?」
 
僕の中で、止まっていた何かが動き出す音がした。
慣れた仕草で、その人が腕を僕の腕に絡めれば、
昨日までもずっと、こうして
一緒に歩いていた記憶がよみがえる。
 
錯覚か、空想か、それとも現実なのか。
おそらく、そのどれでもない。
いや、もしかしたら、その全部かもしれない。
 
何もかもが曖昧になっていくようで、
僕はぎゅっと、きつく目を閉じる。
次に目を開けた時、一体、何が見えるのだろう。
 
その人はまだ、僕に微笑んでいるだろうか。
それともひとりで、
僕はあの場所に佇んでいるのだろうか。
 
さあ、ゆっくりと、まぶたを、開けて…。

朗読/山口龍海