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月夜
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それは、何でもない普通の月夜だった。
皆既月食とか、スーパームーンだとか、
そういう特別なものではなくて、
ごく普通の、いつでも見られるような月の夜に、
アイツがこう言った。
「ねぇ、アイラブユーを月が綺麗ですねって訳したの、
太宰だっけ? それとも、川端康成だっけ?」
いきなり何を言い出すかと思ったら。
と、小さく笑って間違いを正してやろうとするオレより先に
「あれ? 森鴎外? 宮沢賢治?」
と、さらに間違いを重ねていく。
こういうところが憎めないというか、
まぁ、可愛いとこだよな、と改めて想う。
「どれも違うよ。それ、夏目漱石」
笑いながらそう言うと、アイツはポンッと手を打って、
「それだ。漱石だ!」
と、満面の笑みを浮かべる。
その横顔にドキリと胸が鳴り、ごまかすように
「なんでいきなりそんなこといい出したんだ?」
と聞けば、アイツはオレの方にくるりと向き直り、
「だって、今夜は月がキレイだなって思って」
そう言われて見上げてみるけれど、
浮かんでいるのは、満月でもなく中途半端に欠けた月。
いつもなら
「どこがキレイなんだよ。お前の目は節穴か?」
と、からかいの一つも飛ばすところだ。
でも、その夜、オレの口からこぼれたのは別のことば。
「あぁ、ホントだ。月が綺麗だな」
その瞬間、アイツが息を飲む音が聞こえた。
オレたちは、この上なく平凡な月夜に照らされて、
お互いの手をギュッと握ったままで歩いた。
アイツの家までの道を、遠回りしながら。
朗読/空閑暉
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