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先生の部屋

「だらしない」という言葉は、
どのくらいのレベルで使うべきなのだろう、世間的に。
ドアを開けた瞬間、目に飛び込んできた惨状を前に、
思わずそんなことを考えた。
 
資料を分類して、整理して、不要なモノは捨てて、
食べ散らかしたジャンクフードの空袋もすべて片付けて、
ビールの空き缶は分別して。
ようやく見えたフローリングに掃除機をかけたのは、
わずか3日前だったはず。
けれど、今、目の前に広がっているのは、
足の踏み場がない、というのが揶揄ではなく、
リアルにそのままな部屋。
どうしてこうなるのか、理解に苦しむ。
 
恋人でもなければ身内でもない人の世話を焼く理由は
この部屋の住人を「先生」と呼んでいることから察してほしい。
平たくいえば、仕事だからだ。
先生は、繊細なタッチが人気のイラストレーター。
担当に抜擢されたときは、
うれしさに思わずニンマリしたものだ。
先生に気持ちよく仕事をしてもらうためなら、
掃除だろうと、洗濯だろうと、ご飯の支度だろうと、
骨身を惜しまず働こうと張り切っていた。
その心が折れかかっているのは、
自分が弱いのか、先生が手強すぎるのか…微妙な問題だ。
 
周囲のことなど眼中にない、と言わんばかりに、
先生は黙々と筆を動かし続けている。
そんな一心不乱な姿を見ていると、
散らかり放題の部屋なんて小さいことに思えて…こない。
広々としたデスクを資料で埋め尽くし、
小さな袖机の上で窮屈そうにイラストを描く先生。
それが、この上なく繊細なのだから、
まったく、世の中は謎だらけだ。
 
創作に没頭する先生を
目も当てられない惨状の只中に置いてそっとドアを閉め、
近くのコンビニへゆっくり歩き出す。
先生の大好きなビールを片手に戻る頃には、
ため息が出るほど美しい一枚が仕上がっていることだろう。
それを世界で一番に最初に目にすることができる幸せは、
他の何にも代え難い!
とか言っていた前任者は、あっさり半年で辞めてしまった。
けれど、その幸福を少しでも長く味わっていたいから、
今日もまた、あの部屋と格闘することにしよう。
たとえそれが、わずか3日で元に戻ってしまうとしても。

朗読/空閑暉