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月見ル君想フ 第7話「昔話~良夜~」

 今夜も俺は、公園へと急ぐ。

 「キィキィ」とブランコの軋む音がかすかに聞こえてきただけで、この胸はドクドクと脈づいた。鏡花の言う通り、俺はどこかおかしくなっているのかもしれない。

 それでも構わなかった。キミに逢えるなら。俺はどんな代償だって払うつもりでいた。

 キミを手に入れるために、キミ以外のすべてを手放せと言われれば、黙って従うだろう。

 あぁ、そうか。やっぱり俺は、ずいぶんとおかしくなっているようだ。

 

 その夜、俺がブランコに近づいていくと、キミはこちらを振り向きもせず、初めて俺に話しかけてきた。

 びっくりして言葉をなくした俺などお構いなしに、こちらの答えなど期待すらしていないとでも言うように、キミはひとりごとのように語りだす。

 

「ねぇ、この場所に昔、何があったか知ってるかしら」

「え?」

「ここにはね、職人が住む長屋があったの。竹細工や寄木細工、人形師…。美しい布の花を咲かせるかんざしを作っている人もいたわ」

「いつの話?」

「そうねぇ、かれこれ180年くらい昔。江戸時代が末期に向かう頃だったみたい」

「江戸時代…? なぜ急にそんな話を?」

「180年も経てば、見える風景も、生きている人たちも、まったく変わっているの」

「それは…そうだろうね。江戸時代なんて、俺たちには歴史の中のことで、本当にそんな時代があったのか、正直、確信が持てないくらいだから」

「私は何も変わっていないのに。この姿も、心も、髪に挿したかんざしさえも、何ひとつ変わっていないのに」

「その…かんざしは…水月の?」

 

 その言葉に、キミが振り向く。

 初めてしっかりと俺を映したキミの瞳は、驚きに見開かれ、そのまま吸い込まれていきそうになった。

 何か言いたげに、でも、何を言っていいのかわからない様子のキミは、そのまま俺をじっと見つめていた。その事実に、俺の鼓動はこれ以上もう早くなれないほど、ドクドクドクと高鳴る。

 このまま、時が止まればいい。この世界に、俺とキミ以外に何もなくなって、ただこの時間が、永遠に続けばいい。そう願ったけれど…。

 

「あなたは、水月さまをご存知なのね?」

 

 そう言ったキミの瞳に、俺はもう映っていない。月だけがそこにあった。