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「私の知らない、私の事情」第12回

「え、無駄…なの?」

 期待が高まっていただけに、私の声はあからさまにがっかりしたものになる。そんな私に噛んで含めるように、彼は言う。

「その辺の道端に落ちてるモンならいいさ、猫が触っても問題ないだろう。でも、あんたの鞄とやらがある場所はどこだ? そこに猫は入っていけるか?」

「あっ…」

 その言葉で初めて気づく。猫が簡単に入っていけるほど、日本の病院は無防備じゃない。自分がさっき、あっさりと侵入できたもんだから、そんなこと考えもしなかった。
 じゃあ、手帳を見るのは無理? 不可能? うわー、どうしよう。他の方法を考えないと。早くしないと!

「なに百面相してんだよ。まったく、おかしな奴だな」

 焦りまくる私とはうらはらに、思わずきゅっと抱きしめたくなるくらいキュートな姿のマグカッププードルは、のんびりとひとつ、あくびをした。

「だって、手帳を見られないと困るんだもん。今日の予定がわからないと、会社に迷惑がかかるから。のんきに死んでる場合じゃないんだからっ!」

 八つ当たり気味に言い募る私をじっと見上げ、首を傾げる仕草が凶悪なほど可愛い。その外見を裏切る雑な口調で、彼が言う。

「自分の家にでも帰ってみれば? 何かわかるんじゃね?」

 もうおしゃべりは終わり、とばかりに彼は飼い主さんの足に身体をすり寄せ、甘えた仕草をする。
 うっ、それ、反則だわ。
 ほら、飼い主さんの顔がこれ以上ないほどとろけてる。まさか、中身がこんなべらんめえキャラだなんて、きっと思いもしないんだろうなぁ、飼い主さん。
 ま、世の中、知らないほうが幸せなことってたくさんあるしね。

 

 猫の身体を借りよう作戦を諦めた私は、外見詐欺のマグカッププードルのアドバイスに乗ってみることにした。
 他にできることもないし、もしかしたら、家にヒントがあるかもしれないし。
 あ、でも、ひとり暮らしの自分のアパートに行く場合って、誰の顔を思い浮かべればいいんだろう。それとも、まじめに歩いて帰ればいいのかなぁ。
 っていうか、ここどこ? さっき、病院の名前くらい確認しておくんだった。どうしよう…。
 そっか、スマホのGPSで位置確認すればいいじゃーん。今どこにいるかなんて一発でわか…らないか。使えないし、スマホ。あー、不便すぎるよー、ユーレイ…。

「家に帰りたいの?」

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「私の知らない、私の事情」第12回