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「私の知らない、私の事情」第13回

「家に帰りたいの?」

 きたーっ。困った時の美少女頼み。ありがたい。ほんと、いいタイミングで出てきてくれるなぁ。
 私は、すでに聞き慣れつつあった大人びた声に、思わず心から安堵したため息をついた。

「そうなの。でも、私ひとり暮らしだから、どうすれば帰れるのかわからなくて。それに、ここがどこかもわからないし」

「なるほどね。それなら、お隣さんの顔を思い浮かべてみたら?」

「お隣さん…って、どんな人だっけ? っていうか、そもそも会ったことあったっけ? ぜんぜん付き合いないからなぁ」

「そう、世知辛いのねぇ」

 見た目年齢にまったく似合わない台詞を、妙に色っぽいウィスパー・ヴォイスで囁きながら、彼女はちょっと思案顔になる。

「ペットは…あぁ、飼ってないわよね。それなら、部屋に写真を飾っていたりはしない? 写真に映っている人じゃなくて、写真そのものを思い浮かべたら、部屋に帰れると思うわ。保証はできないけど」

 しっとりした声で語る彼女の言葉を聞いた瞬間、私の胸がドクンとはねた。

 え、なに? どうして?

 戸惑う私にお構いなしに、私の胸は勝手にドキドキと脈打ち始める。

 家に飾ってある写真…その言葉を心で繰り返した時、頭の奥で何かが閃いた。そして、私はようやく、今日のが何の日だったのかを思い出す。

 あぁ、そうか。忘れていた。ううん、忘れたままでいたかった。今日は、アイツの…秀一の結婚式だったんだ。

 

 秀一と初めて逢ったのは、高校の入学式だった。
 隣り合わせに座ったのはたぶん偶然。でも、校長先生のやたらと長い話に、思わず同じタイミングで大あくびをしたのはきっと必然…だと思った。
 顔を見合わせて、クスっと笑って、運命的なものを感じたのは、私だけじゃなかったけれど、それが恋心に育っていったのは私の方だけだった。

 高校時代、私たちはいつも一緒にいた。どんな女友だちより話が合い、誰よりも信頼できて、何より隣にいると心地よかった。ふたりでいることが一番楽しいことだった。

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「私の知らない、私の事情」第13回