「そ、そうだよね。秀一に逢いにいかなきゃ、話は始まらないよね」
そう言って、自分で自分に気合を入れ直した私は、ひとつ大きく深呼吸をし、秋生の身体で化粧室を出た。向かうは、秀一のいる花婿控室だ。
ドアの前で、もう一度、大きく深呼吸をする。
「果南、私が付いてるから、大丈夫」
秋生の言葉が全身に響き渡る。よし、行こう。秀一に、逢うんだ。
ノックをすると、ちょっと硬い秀一の声が応える。
「はい」
「入ってもいい?」
一瞬の間があって、秀一が応える。
「おう、いいぞ」
ゆっくりとドアを開けると、秀一が「あれ?」という顔をして私を、いや、秋生を見た。
「秋生?」
「何よ、びっくりした顔して」
「いや、果南かと思って。声、似てるんだな」
秀一の言葉に、私は一瞬、泣きそうになる。その表情をごまかすように慌てて笑顔を作り、話を続けた。
「果南なら、まだ来てないよ。休日出勤だとか言ってたような。でも、式までには間に合うように来るんじゃない?」
「相変わらず、忙しいのか。しかし、こんな日にまで仕事なんて、果南らしいというか…」
そう言って苦笑する秀一の顔を、私はじっと見つめた。次の言葉は、なかなか出てこない。
「で、どうしたんだよ、秋生。何かあったか?」
秀一にそう問われ、私は途方に暮れた。ここへ来てもまだ、私は伝えたい言葉が見つからないままでいた。
なにか言いたげに、けれど、一向に口を開かない私の言葉を、秀一は焦れることなく、待ってくれる。そういうところは、やっぱり優しい。誰にでも、優しいのだ、秀一は。
このまま何も言わないわけにもいかない。ジリジリと焦りを感じていた私の口から、思いもかけない言葉が溢れる。
「私、秀一は果南を選ぶんだと思ってた」
どうやら、焦れた秋生が私の代わりに言ったらしい。パニックになりつつ、心の中で言葉にならない言葉を叫びまくる私をよそに、とんでもない爆弾を投げた秋生は、じっと秀一の出方を待った。
一方の秀一は、思ってもいなかったことを聞いた、と言わんばかりの表情できょとんと私、いや、秋生を見返す。
しばらく目を瞬かせたかと思うと、ブハッと吹き出した。
「オレも果南にも、そういう感情はないから」
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