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BARにて

「ちょっといいお店、見つけたんだ」

そう言って、彼女が本当にうれしそうに笑うから、
どんな店だろうと、かなり興味が湧いていた。

けれど、足を踏み入れてみてちょっと戸惑う。
ちょっとクールな、ニューヨークテイストのBAR。
いつもの彼女らしくなくて、きょとんとしてしまう。

「あれ? お酒、飲めないんじゃなかったっけ…」

なぜかだんだん小さくなる僕の言葉に、
彼女はニッコリと微笑んだ。

「ここね、すごーく料理が美味しいの!」

運ばれてきた料理はなるほど、
バーのツマミというよりも
イタリアンレストランのメニューに近かった。
ひと口食べて、彼女の言葉に諸手を上げて賛成する。

「ヘタなレストランより美味しい…かも」

と感動する僕に、彼女はまたニッコリと笑って爆弾を落とす。

「この間、先輩に連れきてもらったんだ」

彼女の言葉に、僕の中で危険信号が点滅を始める。
お酒を飲まない彼女をBARに連れてくる先輩…
それは間違いなく男だ。
しかも、彼女を口説こうという下心たっぷりの男。
そうでなければ、こんな雰囲気のいい店を選ぶはずがない。

妄想で爆発寸前の僕の頭に、
思いがけない彼女の言葉が飛び込む。

「その先輩の彼がお酒飲めない人で…」

え、彼? 先輩の…彼?
混乱する僕をよそに、彼女は楽しそうに言葉をつなぐ。

「お酒以外のメニューが充実してないとダメだし、
 美味しくないのはもっとダメなんだって」

「それでね、私に下調べ一緒についてきてって」

先輩って、男じゃないんだ…はぁぁぁ、よかったー。

そっと安堵のため息をつく僕を祝福するように、
心地よいジャズの生演奏が流れ始める。

「へぇ、ジャズライブか。いいね」

そうつぶやいた僕を彼女はまっすぐに見つめる。

「だからね、私も一緒に来てみたかったんだ」

「えっ?」と顔を上げると、
彼女の少し潤んだような瞳とぶつかった。

「好きな人と一緒に、このお店に来てみたかったの」

瞬きも忘れて彼女を見つめる僕と、
頬を染めながらも瞳を逸らさない彼女。
おなじみのジャズナンバーが僕らを祝福するように
ゆっくりと甘く流れていた。
 


朗読/岩切裕晃&大野ひろみ