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雨が泣く

天気予報を裏切っていきなり降りだした雨。
慌てて駆け出す人たちを横目で見ながら
冷たい雫に打たれるまま立ち尽くしていた。

濡れるにまかせて佇む私に、
傘をさしかけてくれるやさしい手はもう、ない。
冷えて凍えていく身体を、
かばうように包んで温めてくれる胸も、ない。
だから、ここから一歩も動けないでいる。

いつも、たったひとことが言えなかった私は、
作り笑いばかりが上手くなって、
心を偽ることが当たり前になって、
大切なものを手放してしまった。

「淋しい」と言えばよかった。
「会いたい」と、言えればよかった。

素直に涙を流す術を知らない私の代わりに
舗道を叩く雨が泣いている。
どんどん激しくなる泣き声は
止むときを知らず、舗道を叩き続ける。

すべてこの雨が、流してくれればいいと思う。
この心に、この身体に、刻まれた記憶も、
過ごした時間も、くすぶったままの想いも、すべて。

そして、私という存在さえも、
跡形もなく流してくれればいいのに、と願った。
 


朗読/山口龍海