トップ  > 週イチ連載小説  > 月見ル君想フ 第4話「贈り物~水月~」

月見ル君想フ 第4話「贈り物~水月~」

 不思議な少女に逢った。

 いや、少女と言っていいものか。どこぞのお嬢様なのか、世の中のことを驚くほど知らず、「あれは?」「これは?」と私に問いかける。その無邪気な様子はまるで幼子のようで、少女と言うにふさわしい気がした。

 けれど、ときおり見せる物憂げな横顔は妙に大人びていて、どこか艷やかで、ドキリとするほどの色香を漂わせる。それは、少女と呼ぶのをためらわせるのに十分だった。

 

「水月さま。これは、何でございますか?」

「つまみ簪(かんざし)と言います」

「つまみ、かんざし?」

「はい。小さな絹の布をつまんで作るのですよ」

「まるで、本物の花のよう。とても、美しいものですね」

「あ、ありがとうございます」

「なぜ、お礼を言われるのですか?」

「これは、私が作ったものなのです」

「まぁ、水月さまが?」

「まだ修行の身ですから拙い出来で、お恥ずかしいですが…」

「拙いなど、とんでもない。こんな美しい花を、私は初めて見ました」

「そんな、大袈裟ですよ」

 

 手放しの称賛に、私は思わず頬を赤くした。本当に恥ずかしかったのだ。

 よくよく見れば、いや、見ずとも、あちらこちらに粗が目立つ未熟な手仕事。それを彼女は褒めちぎるのだ。

 お世辞ならばいなしもするが、彼女のそれはまっすぐで、そこには嘘も偽りもないとわかってしまう。だからなのだろうか、私はつい、彼女にかんざしを贈ると言ってしまった。

 すぐに自分で自分の言葉に驚く。本来ならば、人目に晒すのも憚られる品であるのに。おそらく、身分のあるお嬢様であろう彼女に。ありえない贈り物を、してしまった。

 後悔しても遅い。彼女は本当にうれしそうに、私のかんざしをうっとりと見つめ、やがてすっと自分の髪に挿したのだから。

 クセのない彼女の長い黒髪に、私のかんざしはとてもよく似合った。まるで最初から、そこにおさまるのが決まっていたかのように思えたのは、私の願望が少なからず入っていたかもしれない。

 

「どうですか? 似合っておりますか?」

「えぇ、とても」

「うれしい。大事にしますね」

「喜んでいただけるのは、私もうれしいのですが…」

「何か?」

「はい。できれば、もっとちゃんとしたつまみ簪を贈らせてください。いつか、私が一人前のつまみ細工職人になったら。そのときは、一番の自信作をあなたに、贈りたいのです」

「私に…そんな大切なものを、くださると言うのですか」

「あなたのために、心を込めて作ります。だから、どうぞそれまで、待っていてください」

 

 私は、不思議な少女に恋をした。

 名前の他には何も知らない少女に、恋をしてしまった。誰もが見惚れる月を表わす「佳月」という名が、彼女ほど相応しい人はいないだろう。

 きっと、出逢った瞬間から惹かれていた。彼女の声が、仕草が、表情が、私を惹きつけてやまない。

 あっという間に私は、彼女に溺れていった。そしてそれが、私の一方通行ではないと感じたのは、自惚れではなかったはずだ。

 たしかに彼女も、私に恋をしていた。だから私は、彼女とともに生きたいと願った。彼女のために生きようと決めた。

 それが叶わないことだと、あのときの私は知る由もなかった。