彼は待っていた。彼女も待っていた。
彼女からの「さよなら」を。彼からの「愛してる」を。
すれ違う心を知らぬまま、
今日もふたりは微笑み合う。
真っ直ぐに伸びる道。背中を押すように風が吹く。
「こちらにおいで」と陽の光が手招きをする。
それでも彼女は、進むことも戻ることもできずにいる。
「バカ…」と女心のわからない背中につぶやく。
素直になれない心を彼のせいにする彼女。
でも「バカ」の代わりに別の2文字が言えたなら、きっと…。
「男なんて、みんなこんなもんだよ」
とうそぶいて、彼はくるりと踵をかえす。
心がこぼれ落ちてしまう、その前に。
目線が重なる。けれど、言葉は交わさない。
毎朝のささやかで、密やかな攻防戦。
さぐり合うふたり。まだ、恋は始まらない。
時が止まったような深い夜の暗闇のなか、
誰かがすすり泣いている。いや、あれはすすきの鳴く音?
失くした恋を悔やんでほしいと願う心が描く幻か。
凍える身体を抱きしめるように雨が降る。
冷たいはずなのに、あたたかくやさしく
彼女の想い出も恋心も洗い流していく。
鈍く曇った空を見上げ、彼女はひとつ、ため息をつく。
「いつかは晴れる」なんて信じられなくなるほど長い間、
彼女は太陽の見えない道を迷い続けている。今もまだ…。
「久しぶりだね」と言った彼は困ったように眉を下げる。
二度と逢いたくなかった、ずっと逢いたかった人。
言葉にできない想いを飲み込んで、彼女はキレイに微笑んだ。
彼女は、何ひとつわからなかった。
痛む胸の意味も、零れる涙のわけも。
背を向けて去っていく人への想いすらも。
「サヨナラ」と言いそびれて、言えなくなって。
妥協と惰性の日々を過ごしてきた。今日までは。
でも、運命に出会ってしまった…と思う彼を冷めた瞳が見つめていた。
恋の行く先を知らせるコンパスがあったなら、迷いはしない。
まっすぐに幸せな道をいける。けれど、それではツマラナイ。
と、恋の女神は思った。つまり、恋の苦悩は彼女のせいなのだ。
見えない境界線の前で、ふたりは足踏みをするばかり。
一歩踏み出せば、友だちには戻れない。引き返せない。
けれど、フラリと彼女がよろめいて…何かが、変わる。
つないだ手が、見つめるまなざしが、ふれた唇が
こんなにも冷たいと気づいたのはいつのことか。
それでも終わりはやってこない。彼女が幕を下ろすまで。
彼が彼女に教えたのは、レモネードみたいな恋。
そして、溶けていくバニラアイスのような夜。
冷めたブラックコーヒーよりも苦いサヨナラだけ。
言葉の裏に秘めた想いなど、伝わるはずがないのだと
彼はようやく思い知る。彼女のまぶしいほどの笑顔を見て。
もう自分の手の届かない距離にいる、彼女を見つめて。
「なぜ?」と聞かれたなら、彼はどう答えるだろう。
きっと曖昧に笑い、何も言わないに違いない。
そう思うのに、そうだと知っているのに、今、答えが欲しい。
小さな頃、男の子に混じって駆け回っていたキミが
真っ白なドレスに身を包み、頬を桜色に染めて笑う。
だから、これはハッピーエンド。この胸がどんなに苦しくとも。
見上げたこの空は、どこまでも続いている。
曇りかもしれない。雨が降っているかもしれない。
それでも、この空は、遠くのあの人に続いている。
ぐずる心は粉々に砕いて、捨て去った。
嘆きも、苦さも、想い出さえ、ひとかけらも残さずに。
彼女は告げる。「サヨナラ」を。晴れやかな笑顔で。
遠く離れても、逢えなくても、彼は特別だった。
ずっと、彼女の心の奥に居座り続けた。
新たな恋をしても、誰かと結ばれても、今もなお。
屈託なく笑うキミを、嫌いになれたらいいのに。
届かない心を抱えたまま、彼は目を閉じた。
誰も知らない、木彫りの人形のひとりごと。
それは、ゆっくりと身体に、心に溜まっていき、
やがて、行き場をなくしてあふれ出る。
だから、元には戻れない。わかるよね?
一緒にいると心がポカポカとあたたかくなった。
穏やかで、心地よくて、安心できる時間があった。
だから、これは恋じゃないって思っていたんだ。
愛は枯れるのだ。花と同じく、水を注がなければ。
言葉でもいい。仕草でもいい。視線に灯るわずかな熱でもいい。
与えられていたなら、彼女は朽ち果てることもなかったろうに。
特別な想いなんてない。だから、なるべくさり気なく。
愛なんて込めてない。だから、できるだけ自然に。
甘くて苦いチョコレート。この心はまだ、贈らない。
目が合って、恋が始まる。なんて、おとぎ話だ。
いつもそばにいても、ずっと見つめていても伝わらないのに。
出逢いからもう一度やりなおしたら、恋に落ちてくれますか?
一緒にときを過ごしてきた。同じ道の先を目指して。
いつから違ってしまったのか、振り返っても分かれ道は見えない。
これから歩いていく隣にキミはいない。それが悲しい。
あの人が去っていく後ろ姿に小さくため息をこぼす。
夢の中でさえ、振り向いてはくれない人。
寝ても覚めても叶わない、それでも冷めない恋心。
いつもと同じ朝。昨日と変わらない風景、のはずなのに
急に色づき、輝き始めた世界に、彼はただ戸惑っていた。
昨日と違うのは、隣にキミがいる。それだけなのに。
しょせんは脇役だと気づいたのはいつの頃か。
主役たちの、ただただ美しいだけの恋を見守るだけの存在。
この苦さも、痛みも、涙も、すべてはフレームの外の出来事。
叫ぶように告げた言葉を雨がかき消していく。
伝わらなかった想いは雫とともにこぼれ落ち、地面を濡らし、
やがて乾いて、跡形もなく消えていく。明日の朝にはきっと。
そっと繋いでくれた手の暖かさも、もう思い出せない。
あんなに好きだった笑顔も、朧げになっていく。
そして、本当のサヨナラが、もうすぐ、やってくる。
懐かしいメロディがふと耳をかすめ、立ち止まる。
頭の中を想い出が駆けめぐり、チクリと胸の奥が痛んだ。
忘れたはずなのに。厳重にかけた心の鍵はあっけなく開いた。
最初はほんの気まぐれ。ちょっと遊んで、すぐにサヨナラ。
いつもと同じ軽い恋の歯車が狂いだしたのはいつからか。
見えない鎖に絡め取られた男は、もがくほどに深みにハマる。
交差点の向こうに懐かしい顔を見つけてしまった。
ほんの一瞬、視線が絡んで、わずかに瞳がゆれる。
くいっと手を引かれ、今となりにある笑顔に微笑みを返した。
キミの瞳を染め上げる悲しみの色はなぜ?
どれほど愛を囁いても、どんなに強く抱きしめても、
消えないその色は、誰のせいなの?
心は正直で、顔に出ないように必死に抑える。
さあ、笑って。うれしそうに、楽しそうに、そう見えるように。
誰にも気づかれないまま、彼女の心はゆっくりと死んでいく。
冷めた瞳で薄く微笑う。そんなキミをボクは知らない。
陽だまりのようだったキミがいつから変わってしまったのか。
今日まで気づかずにいた。ねぇ、キミはいったい誰なの?
寝癖でちょっとはねた髪も、遠慮のない大きなあくびも、
可愛く見えてしまうんだから、かなり重症だ。
「おはよう」ってキミが笑えば、それだけで今日もいい日になる。
ズルいなぁ…。そう言って、彼女困ったように笑う。
でも、知ってるよ。本当はホッとしていること。
いつだって彼の手を離さなくていい理由を探しているんだから。
いつだって彼は、私以外の何かに夢中。
「大好き」と言っても「知ってる」と素っ気ない。
まったくもぉ。いつまでも私の愛があると思うなよ?
「ごめん…」と言ったきり、黙り込んだままの彼。
そんな顔が見たいわけじゃない。そんな言葉がほしいわけじゃ…。
私がほしいのは、たった一つだけ、なのに。
少年は、きらきらきらと光る小さな欠片を拾った。
それは砕け散った誰かの恋。楽しい想い出の残骸だ。
ぽとり、と少年の涙が落ちる。欠片はいっそう光って静かに消えた。
泣き出しそうな空を見上げ、「私みたい」と思う。
あの人に気づかれないように。あの人が濡れないように。
泣けない私の代わりに、いま、空が泣き出した。
決定的な2文字は言わない。むしろ、相手に言わせたい。
彼も彼女もそう思っていた。似た者同士。お似合いなふたり。
だから、今日もすれ違ったまま。ハッピーエンドはまだ遠い。
気がつけば、いつも隣りにいた。一緒に笑っていた。
いつの間にか、心の中に住み着いていた人。
当たり前になりすぎて、失くしてしまうまで知らなかった。
すれ違いざまに、何かがボクの心をとらえた。
振り向けば、同じようにこちらを見つめる瞳とぶつかる。
「あ…」言葉より先に心が動く。これはもう、事件だ。
これはいつか、夢で見た風景。見ていることしかできなかった場面。
彼女が笑っていて、あなたも本当にうれしそうに笑っていて、
夢の中でさえ傍観者だった私は、泣くこともできないままで。
ハッピーエンドのその先は、おとぎ話に書かれてない。
ずっと続く幸せなんて、本当にあるの?
疑り深いお姫様が、笑顔の裏に隠した本音を王子様は知らない。
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