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彼女の物語

ポカポカとお天気のいい昼下がりは、近くの公園へ出かける。
週末でも穏やかな時が流れるこの場所は、
まったり過ごすのにちょうどいい。
芝生にごろりと寝転んでみれば、
目に入ってくるのはひたすら青い空。
ふと、子供の頃を思い出して、
「あの雲が何に見えるかゲーム」を始めてみた。

あの雲は、悲しい瞳をしたドラゴン。
愚かしい争いをやめない人間たちを哀れんでいるのだ、とか。

こっちの雲は、手を取り合う恋人たち。
けれど、互いの気持ちが信じきれず、
やがてはその手を離してしまうだろう、とか。

想像力をフル回転して、
流れゆく雲からあれこれと物語を紡いでいくことに、
僕は子供のように熱中していた。

すると…どうやら空の上だけでなく、
地上でも、ひとつの物語が始まりそうな気配だ。

公園の噴水前に、ひとりの女性が人待ち顔で佇んでいる。
よくよく見れば、それは僕の見知った人だった。
彼女は、近所で「口うるさい人」と敬遠されている人物で、
挨拶代わりに文句を言うようなところがあった。
周囲に煙たがられていることを知っているのか、
彼女はいつも不機嫌そうな顔で歩いている。
笑った顔など、見たこともなければ、想像もできないほどだ。

そんな彼女が、そわそわと、人待ち顔でそこにいた。
興味をひかれ、しばらく彼女の様子を観察していると、
彼女の表情が一変する瞬間に出逢った。
見たこともない華やかな笑顔を浮かべ、彼女が手を振っている。
その姿は、まるで少女のように初々しく、
見ているこちらが照れてしまうほどだった。

そこで、ひとつの物語がひらめいた。

彼女が待っていたのは、言うまでもなく恋人だ。
それも、30年ぶりに会う、懐かしくも、愛しい人。
ふたりはかつて、心から愛し合っていた。
けれど、結ばれることはなかった。
彼には、親の決めた婚約者がいた。
彼女には、彼に釣り合う家柄がなかった。
それでも、どうしても諦められなかったふたりは、
かなうはずのない約束をしたのだ。

「いつか、結ばれる時が来るまで、想い続けよう」と。

それは、若さゆえのひとときの情熱とも、
二度と逢えない現実から目を背けるための慰めの言葉、
とも思えた。

しかし、ふたりの想いは神様の思惑を超え、
今、結実の時を迎えようとしている。

想像の扉を次々と開け、彼女の物語を紡いでいるうちに、
今まで煙たがっていた彼女を、
僕はなんだか少し好きになっていた。

いつの間にか、想像の中の彼女と、
現実の彼女が、ぴたりと重なって
やさしい微笑みを浮かべている。

そうだ。
明日は笑顔で、彼女に挨拶をしてみよう。
 


朗読/岩切裕晃
ストーリー/いとうかよこ